送り狼ですけど何か?
夜。繁華街のとある場所にて。
「家まで送るね」
「えぇっ、いいです。大丈夫です」
「でも、もう暗いし。一人じゃ危ないよ」
「・・・じゃあお言葉に甘えて。お願いします」
やったっ!と私は拳を握った。もちろん、相手には見えないように。
私、白樺由衣は、小さい男の子が大好物である。誤解しないでほしいが、犯罪者的な意味ではない。ただ純粋に、小さい男の子が好きなのである。恋愛対象ではない。ただ好き。この感情は、所謂、女の子がテディベアを見て可愛い!と思うような。そんな感情なのだ。
私はその純粋なる好意から、アルバイトを始めた。そう、小学生向けの学習塾でのバイトである。塾のバイトは、高校生ではなかなか雇ってもらえなかった。なのであの三年間は仕方なく我慢したが、私はやっとその三年間を越えて、大学生となった。さっそく狙っていた学習塾に電話をし、面接を受け、この18年間で培われた外面のよさを遺憾なく発揮し、見事採用を勝ち取ったのである。
今、私と手を繋いでいる(なんて素晴らしいシチュエーション!)少年、長嶋康輝くんは私の教え子の一人だ。学習塾は少人数制のクラス制度をとっており、彼は私の受け持つクラスの生徒なのである。そして、クラスの生徒の中で一番可愛く礼儀正しい、私のお気に入りだ。
塾が終わるのが20時ということもあり、殆どの生徒たちは親が向かえにきて、車などで帰宅してゆく。だが、この康輝くんは、違った。両親が仕事で忙しいらしく、迎えに来ることは無い。いつも一人で帰宅してゆく。
それに見兼ねた私は、いかにこの塾近辺が危ないかということを塾長に力説し、康輝くんを家まで送り届ける許可を得た。それを康輝くんに伝えたところ、最初は遠慮してか強く拒否されたが、それもやはり、小学生。ちょっと脅しをかけてみたら、あっさり許可してくれたわけだ。脅しといっても、もちろん『この街には薬の売人がいて、小さな男の子を連れ去っちゃうぞ☆』とかそんなところだ。
手を繋ぎながら、繁華街を抜け、街灯しかない静かな住宅街へと歩みを進める。
手を繋ぐことも、最初は恥ずかしがって嫌がった康輝くんだが(恥らう少年ってなんて萌え!)、強引に小さな手を握ってしまえば、案外受け入れてくれるもの。この強引さこそ、少年攻略の鍵であることを私は確信していた。
「いつもこんなに人気の無い道を、一人で歩いてたの?」
「はい。あ、でもたまにお兄ちゃんが迎えに来てくれました」
「たまに?」
「お兄ちゃん、今、大学生でいろいろ忙しいみたいです」
「へぇ。お兄ちゃん大学生なんだ。すごく年が離れているんだね」
大学生というと、同い年ぐらいなのだろうか。もし私にこんな可愛くて礼儀正しい弟がいたら、一日中くっついて回るのに。いくら忙しいからって一人になんか絶対にさせない。
見えない相手に多大なる嫉妬心をぶつけていたところ、その声はかかった。
「康輝!!」
「あ、お兄ちゃん!!」
私の嫉妬心を受けた張本人。長嶋兄の登場である。しかも、その兄。
「げっ・・・」
康輝くんの前だというのに、素が出た。そのくらいの驚きだった。なんという偶然。なんという不運。
「長嶋・・・」
「・・・白樺!!」
そう。兄は私の知り合いであったのだ。しかも、腐れ縁といっていいほどの相手。中学生から高校生まで6年間を共にした悪友である。ある時はクラスメイトとして。ある時は生徒会長、副会長として。その関係は様々であったが、学生生活を思い返せば横にいたのはほとんど彼、長嶋和輝だった。
だがしかし。私は長嶋にこんな弟が居るなんて少しも聞いたことがないのだが。
「くそっ、6年間隠し通せたというのに、まさか知らぬ間に手を出されていたとは・・・!!」
「ちょっと、手を出すとか失礼なこと言わないでくれる!!っていうか、隠してたってどういうことよ!」
「あたりまえだろ。お前みたいな変態に、むざむざ弟のことを紹介できるか!」
「変態じゃないから!断じて、変態じゃないから!」
「どの口がそんなことを言うんだ!どうせこれからどこかに康輝を連れ込もうとしてたんだろう、このショタコン変態女!」
「ショタコンじゃないって言ってるでしょう!私は少年愛者じゃないの!ただ純粋な好意なの!」
「どこが違うんだよ!てか、お前、その手を離せ!!!」
ツカツカと向かってくると、長嶋は康輝くんを自らのほうに引き寄せた。私の手から消える康輝くんの温もり。
「ほら、帰るぞ、康輝」
「え、うん」
混乱しているのか、長嶋と私を交互に見やる康輝くん。そんな動作まで可愛らしい。・・・じゃなくて。ニヤニヤしている場合ではない。長嶋はいいとして、康輝くんとはこれからも顔をあわせるのだ。長嶋と会話していたときのような印象を与えたままではまずい。
私は、取り繕うように、対小学生用のスペシャルスマイルを顔に貼り付けて、康輝くんに声をかける。
「よかったね、お兄さんが迎えに来てくれて。じゃあ、私はここで。また来週ね」
「はいっ!さよなら、由衣先生」
可愛らしく右手を振って(ちなみに左手は長嶋と繋がれている。くそう、忌々しい!)、去っていく小さな後姿。
「騙されちゃだめだぞ、康輝。あいつは変態なんだ。きっと送り狼にでもなるつもりだったんだ!」
「そんなことないよ。先生綺麗でいい人だよ」
そんな会話が聞こえてきたが、ここは引き下がるしかない。康輝くんの前で怒鳴ったりするなんて、一生の不覚である。これからは、こういったハプニングにも慌てないようにしなければ。
決意を胸に、私は再び住宅街から繁華街へと歩みを進める。塾に戻って、片付けとかしなければ。・・・面倒くさい。
その後、私は康輝くんを毎週2回の授業のたびに送り迎えすることになる。だが、そのうち一回は、長嶋に邪魔されるのだった。
長嶋と会話をしながら、いかに笑顔を取り繕うか。それが目下の課題である。
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