刺激的炭酸デイズ
文章を書こう
「さー、たまには宿題をだすぞ!」
現代文の教員の発した言葉に、生徒たちは表情を歪ませた。
数学、英語、などと課題の多い教科とは違い、一般的に現代文の宿題といえば、大体が漢字の練習とか意味調べとかその程度だ。例に違わず、この教師も宿題は滅多に出さない人物であった。だというのに、突然こんなことを言うのである。
「原稿用紙一枚分の短い文章を各自書いてくるように。提出は来週の授業の頭。休み挟むから大丈夫だろう。原稿用紙一枚なんてすぐに埋まるからな」
それは教員の理屈である。文章なんてそう簡単に書けるものか。生徒たちはストレートに文句をぶつける。
「そんな凝り固まった文章じゃなくてもいいんだぞ?いつも書くような作文でもいいし、日記感覚でもいい。特に作法とか考えずに、自由に書いてくれよ」
先生はそれだけ伝えると、もう生徒の文句を受け付けまいと、足早に教室を去っていった。と同時に、チャイムが鳴る。席に座る生徒たちは、なにを書こう、と頭を抱え始めたのだった。
そして休日明け。本日が宿題の提出日である。
「お前なぁ・・・それは文章とは違うだろう」
朝のHRが始まる前に、廉太、海斗、和人の三人組はひとつの席に集まり、課題の見せ合いをしていた。まずは廉太の原稿用紙を海斗と和人が覗き込む。そして読み終わった和人が漏らした言葉がそれだった。
「だって先生は作法とか考えなくていいって言ったじゃんか!」
「でも、これってもう文章でもなんでもないだろう」
題名、『僕が望む最高のフルコース』。原稿用紙一枚分、びっしりと食べ物についての語りが書き込まれていた。正に廉太らしい内容。だがしかし、箇条書きなのは如何なものか。これでは文章として提出はできない。
「書き直せば?」
海斗が提案するが、廉太は首を大きく左右に振り、拒否する。
「いやだっ、俺は絶対にこのまま出すもんね!読めば涎垂れ流しになっちゃう力作なんだからな!ほら、海斗と和人だってお腹空いてきただろう!!へっへーん、俺って実は『ザ・食』の記者になる素質あるかもなぁ」
「じゃあ、次は海斗の読ませろよ」
自慢げに語る廉太だが、和人はシカトを決め込み、そのまま海斗の原稿用紙を手に取り、読み始めた。
「ひでー、和人!ひとでなしー、ろくでなしー」
ぶつくさと文句を言っていた、廉太だったが、途中で飽きたのか、和人の横から原稿用紙に目を向ける。海斗の文章は、こうだった。
生徒会会議での出来事
1年4組 相模 海斗
僕は入学と同時に生徒会へ勧誘され、現在11月の時点でちょうど半年間、平の生徒会役員として仕事をしている。自分を生徒会へと指名してくれた篠田先輩は一学期を持って引退し、今は白樺先輩が生徒会長となった。そしてついこの間、新生生徒会の初めての大仕事であり、僕自身も初体験である文化祭が終わった。
一番下っ端である僕たち一年の役員は、先輩の使い走りだった。コピーをとって来いと頼まれれば職員室まで走り、消失した(つまりはサボっている)役員を探し出すのも、僕たちの仕事。簡単そうですごく面倒な仕事ばかりを押し付けられ、生徒会とはこんなにハードなのかと改めて痛感した。
文化祭中にはこんなことも起きた。
生徒会室に置かれていた白樺先輩の“手帳”が何者かに盗まれた。(実際のところ、盗まれたかは定かではなかったが、白樺先輩は人為的なものだと言い張った。)その“手帳”には絶対に見られたくないなにかが書かれていたらしく、生徒会総動員で捜索に当たるよう命令が下された。(もちろん、その中身は見てはいけないと、きつく言われた。)
僕は、同じく一年の生徒会役員である細居くん(双子の弟のほう)と共に一年生の教室を探したが、それらしい情報が上がるどころか、自分のクラスにつかまり小1時間は拘束された。(僕のクラスの出し物は本格派和風お化け屋敷だったが、僕は一切関与していなかったため、罰として看板を作らされた。)
結局、手帳の欠片も見つけられずに生徒会室へと恐る恐る帰ると、白樺先輩は案の定、物凄いキレっぷりだった。なんでみつからないのよー、とか見つけたらぶっ殺してやるからーとか、あの美しい外見から有るまじき発言をしていた。
そのまま手帳は見つからず、文化祭は始まり、そして何事もなく終わりを迎えた。
そして、文化祭の後片付けの日。生徒会役員として生徒の片付けを円滑に進め、その後台風がきたかのように荒れに荒れた生徒会室を掃除することになった。床に散乱するプリントなどをかき集めていると、その下から文庫サイズほどのノートが発掘された。ぱらぱらと捲ると、どうやら手帳のようだった。文化祭中の忙しさですっかり白樺先輩の手帳のことなど忘れていた僕は、ぱらぱらと中身を見てしまった。
そして固まった。あえてその理由は割愛する。
その後、手帳は僕の手から先輩へと渡った。中身を見たかと問われ、沈黙してしまったら、相模だけはそんなことしないと信じてたのに!と、拳骨で殴られた。
これからの生徒会は、痛みを伴うだろう、と僕はこの事件で察した。
「割愛すんなよ!!!」
和人は、読み終わるなり大声でツッコミを入れた。当たり前である。物語のオチが見事にすっぽ抜けているのだ。廉太よりは“文章”として成り立っているが、海斗の場合は文章の基本である『起承転結』の『転』が書かれていない。
「いや、最初は書くつもりだったんだ。ネタになりそうな事がこれくらいしか思い浮かばなかったからさ。でも、いざ書こうとしたら怖くなって・・・」
海斗はぶるりと肩を震わす。よほどの恐怖であったのか。海斗のあまり見たことのないような様子に、和人も廉太も驚きを隠せなかった。
いったい、どんなことが書かれていたのか。二人は想像する。白樺会長こと、白樺由衣先輩といえば、歴代の女性生徒会長の中でも群を抜いて美しくデキる女と評判だ。実際に、この間の文化祭では今までにない企画を立ち上げ、そして成し遂げた。そんな完璧そうな先輩の秘密・・・。
「うーん、変な顔の写真が貼り付けてあったとか?ほら、女子ってよく変顔とか言ってプリクラ撮ってるじゃん」
「そんな、可愛いものじゃないんだよ」
和人の想像はハズレ。次にうんうんと眉を寄せて唸っていた(ちなみにポーズは考える人だ。)廉太は、漫画のようにポンと手のひらを叩いて発言をする。
「分かったぞ!きっと食べ放題に」
「違う」
が、発言の途中で海斗に遮られる。最後まで聞かずとも最初の数語で悟ったのだろう。廉太はそれに大してブツクサと文句を言うが、もちろん誰も聞いてやろうとはしない。
「で、結局なんなんだよ」
和人は、考えるのを諦めて問う。海斗は躊躇ったが、やっと決心したのかゴクリと固唾を呑み、そしてゆっくりと口を開いた。
「実は・・・」
そんな時、海斗の言葉と被るように放送が入った。会話で溢れていた教室が静まり返る。もちろん、海斗も途中で口を噤んだ。
『突然ですが、今日の放課後生徒会役員は生徒会室に集合してください。繰り返します・・・』
なんというタイミングだろう。今自分は鳥肌が立っているだろうことを海斗は自覚した。
放送の声は、紛れもない“生徒会長”のものだったのだ。あまりに図ったようなタイミングだったため、どこかで自分たちを見ていたのではないかとすら思ってしまう。
「・・・やっぱり、この秘密は墓まで持っていこう」
和人と廉太は、あからさまにがっかりといった表情で海斗を見たが、その意思は揺るぎそうにない。
「次、和人の読ませろ」
話を逸らし、原稿用紙をしまいこむ。納得できなかった二人だったが、仕方なく忘れてやることにした。
野球部での出来事
1年4組 結城 和人
野球部の朝練は、朝7時30分から始まる。家から学校までおおよそ30分かかる俺は、朝7時までに家を出なくては間に合わない。
けれどある日の朝、長い間お世話になっていた愛用のニワトリ目覚まし(もちろんベルはコケコッコー)がご臨終し、朝練には間に合わない時間に目が覚めた。だが幸いにもズレは30分ほどだ。急げばそれほど遅刻せずに済む。
大慌てでユニフォームに着替え、(本当は部室で着替えなければならないけれど、そんなこと言っている場合ではない。)朝ごはんの食パンを口に無理やり押し込むと、自宅を飛び出した。
到着時間は7時50分。通学路には部活以外の理由で早く学校に来ている生徒がまばらに居た。そんな生徒を追い抜かして、真っ先に朝練が行われているグラウンドに向かうと、その中心(だいたいピッチャーゾーンあたり)にユニフォーム姿の部員たちと、いつもはグラウンドに近づかないはずの制服姿の生徒たちの人だかりができていた。ミーティングをやっているような雰囲気ではない。いったい何事だ、と俺は金網の扉を押し開けてその人だかりへと小走りで近づいた。
足音に気づいた同級生の部員は、あっ、と声を上げて振り向いた。その顔は、強張っている。俺はその理由を確かめようと、(いや半分以上は好奇心だった。それをかなり後悔している。)その輪へと押し進んだ。そして、見てしまった。
グラウンドの柔らかな土に赤黒い液体が染み込み、そして溢れ出していた。紛れもなくそれは血だ。俺が今後立つはずのピッチャーマウンドには、血溜まりができていた。
唖然と立ち尽くす俺の耳には、周りの生徒たちのひそひそ声が入ってくる。いったい、何事だろう。どうしてグラウンドに血が。誰の血だ。全ての疑問は俺の頭にもぐるぐると回っていた。
少し経って(俺はそれがどれくらいの時間だったかは認識できていない。)、やっと教師が現れ、集っていた野次馬生徒たちはすぐに教室へ戻るようにと言われ、渋々といった様子でグラウンドから出て行く。教師は制服の生徒が居なくなることを確認すると、今度は部長と話し始め、結局俺たち野球部も朝練はナシで解散しろと言われた。
部長は、そのまま先生と会話を続けている。そこでちらりと聞こえた名前。渡部鷹義(ワタベタカヨシ)はクラスメイトで俺と将来バッテリーを組む、正捕手候補の一年生の名前だった。
制服に着替えて、教室へと向かう。席について、ボーっとして、そしてホームルームが始まった。教室の左端である鷹義の席はぽっかりと空いていた。
続。
「もう、どこにツッコめばいいか分からない」
これが、文章を読み終えた後の海斗の一言だった。その顔にはあからさまに胡散臭い、アホだろ、と書かれている。
だが、一方で廉太といえば、
「それで、続きはどうなるんだっ!!渡部くんは死んだのか!?凶器は!?」
キラキラと瞳を輝かせ、和人に迫っている。そんな態度に調子に乗った和人はペラペラと大きな声で喋り始めた。
「そりゃ、読むまでとっとかなきゃだろ。これが『起』で、この後名探偵和人様が大親友の鷹義の仇を討つために、犯人を捜し始めるんだ。そしてアリバイ崩しに、密室トリックを謎解く!」
和人は、野球バカのイメージが強いが、実は大の読書家でもある。そのギャップに驚くものは多い。図書室では山のように本を借りているし、実際に結構な量の本を毎月購入している。中でも和人が好むのが、推理小説だった。赤川次郎、横溝正史、松本清張といった本格派から、新本格と名高い、綾辻行人、笠井潔、もちろんアガサ・クリスティにコナン・ドイルといった外国作家だって抑えている。
そんな和人が書いた文章は、ものの見事にミステリー小説だったわけである。
「まぁ、お前がミステリー好きなのは知ってるけどさ、だからって学校の課題で書くなよな」
「だって、先生は形式なんて気にしないでいいって言ってたじゃないか」
「まぁ、そうだけど。わざわざ続きものにしなくたっていいだろう。しかも小説といっても現実舞台にしてるから妙に真実味があって怖い」
「それが狙いだ!最初は作文と見せかけて、鷹義の死がいきなり巻き起こる!小説にはその驚きが大切なんだよ」
「あのさ、勝手に俺を殺さないでくれるか」
和人が海斗に小説のよさを力説しているときだった。突然会話に入ってきたクラスメイトが一人。
「あ、おはよう、渡部」
「うっす」
先ほどから会話に上っていた渡部鷹義その人だった。和人の小説の通り、クラスメイトであり野球部員。ポジションはキャッチャーであるが、がたいはそう大きくない。だが物凄い力の持ち主である。
「で、どうして俺が死ぬんだ?」
渡部は、和人に問いかける。席が近いから、会話の内容が多少耳に入っていたのだろう。和人は彼のほうへ視線を向けると、一方的に捲くし立てた。
「鷹義は、硬球が頭にぶつかって死ぬんだけど、グラウンドじゃなくて校舎裏で見つかるんだ。でも血痕は明らかにグラウンドに残ってる。そして死亡推定時刻は夜中。それだけの知識から名探偵和人は推理してみせるのだ!」
「俺は野球を死因になんてしたくないね。それに後ろからボール飛んできてもあんな小さいのなら避けられるし。大体、どれだけ球のスピードあるんだよ・・・」
和人の熱弁に、げっそりといったようにぼそぼそと呟く渡部。そしてそんな様子に廉太はゲラゲラとわらっていた。
一週間後。教壇には現代文の先生の姿。
「さて、この間出した課題だがこの間の休みに全部読ませてもらった。それぞれとても個性があって面白かったぞ。文章なんて滅多に書かないだろうに、みんな中々な出来だった。それで、先生がそれぞれの文章に感想を書いたから、これから配るなー」
赤羽ー、と出席番号順に名前が呼ばれ、小さなメモが配られていく。そして全員に配り終えると、教師は授業を始めた。
廉太のメモ
『先生も、お腹が空きました』
海斗のメモ
『白樺は、怖いよな』
和人のメモ
『犯人は、結城だと思います』
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