空にピアス
天気がよいので、授業をサボタージュした。
現在、私の座席は窓際の後ろから三番目で。教師が白板に黒と赤のボードペンで長々と連ねていく理解のできない英文から目を反らすべく右を向けば、そこには真っ青で、からっとした空と、まさにわたあめと呼ぶべき雲。
これは、こうしちゃいられないと、私は次の休み時間にひっそりこっそり立ち入り禁止の屋上へとやってきたわけだ。
立ち入り禁止とはいえ、屋上の扉は鍵が掛かっていない。それは教師が私たち生徒を信用している証、だそうだ。つまり、君たちを信用しているからそれを裏切るんじゃないよ、ということ。
そんな証が有効とは思えないだろうが、比較的金持ちが多いこの私立若桜学園高等部にはわざわざ校則を破ろうなんて考える不良生徒は一部例外を除いてほとんど存在していない。だから教師も大して気にはかけていないのだ。
(まぁ、私はそんな例外なわけだけどね)
広々とした屋上のコンクリートの上で大の字に寝転んで、青空の天井を飽くことなく眺める。それはなんとすがすがしいことか!!!
今、この瞬間の景色を私は独り占めしているのだ!
「おっ、不良少女発見〜」
だが、そんな最高の瞬間は一人の最低男によってあっさりと奪われた。
心地よい春の日差しが降り注いでいた私の寝場所に、影が差す。その影は、私の顔を覗き込んでいる同級生、瀬尾のものだ。
「なんで居んのよ」
「そりゃ、清水と同じ。サボりだけど?」
私を見下げニヤリと笑ってそう言った瀬尾は、私の横に同じように寝転ぶ。上から見ると、大の字が二つ、並んでいるはずだ。
瀬尾の行動がむかつく。せっかく一人で青空鑑賞会をしているっていうのに、邪魔をしてくるんだろう。でも景色は私の所有物ではないから、文句なんて言えやしない。
「綺麗だなー」
そんな私の感情なんていざ知れず。瀬尾はのびのびと言った。
「雲がうまそーだなー」
これは私に語りかけているのだろうか。
「おっ、飛行機だ」
わたあめみたいなおっきな雲。そのど真ん中に飛行機が突き刺さる。音が聞こえないということは、相当高い場所を飛んでいるのだろう。飛行機はそのまま雲を貫いて、青空の海に飛び去った。
「なぁ、清水。お前、ピアス開けないの?」
数分間無言で空を見上げていた私たち。またしても勝手に喋りだしたのは瀬尾だった。幽霊でも存在していない限り、今度は私に対して話しかけている。
「親にもらった大事な体、傷つけたくないから」
「へー、不良少女とは思えない理由で」
「親は、バリバリピアス開けてるけどね」
実際のところ、まぁ不良に分類される私がピアスを開けていないのは、痛いのが怖いから、なんて可愛らしい理由だったりするのだが。
それを見透かしたのか、(案外聡い奴なのだ。)瀬尾は私を馬鹿にするように笑って、
「俺さ、今年入学してきたお清水見て、絶対同類だと思ったんだよなー」
そう語りだした。空を見上げているからどんな表情をしているかは分からない。
「俺中学から入って、他の奴らとの違いにびっくりしてさー。俺、授業サボるの当たり前だと思ってたんだよ。サボってもテストできりゃいいじゃん、ってさ。でも周りはすぐ怒る。『お前は不良になりたいのか?』って。だから俺は思い切って外見から不良になってみた訳よ!」
太陽に照らされてキラキラ光る瀬尾の金髪が横目に映る。
「そしたら、先生のサボるな!っていう言葉もなくなって、やっぱりね、って態度に変わった。こうして俺は不良の立場を確立したわけ」
「だから?」
「これが俺がピアス開けた理由。高校の入学式で清水を見て、きっとコイツも俺と同じで”不良になってる”奴だと思った。けど、よく見たら清水はピアスをしてないし」
拗ねた様な口調で言う瀬尾。彼と出会って3ヶ月。こうして屋上で何度か喋りはしたが、こんな話をされたのは初めてでちょっと驚きだった。
瀬尾は、出会った瞬間に、”私”を見抜いていたのか。
瀬尾の言う通り。私も瀬尾と同じような理由で不良少女となった。他人と合わない性格が私を孤独にした。別に不良と言ったって法に触れることなんてしてない。お酒だってタバコだってやったことない。
みんなが、私を不良だって言うから。だからこっちから不良になってやったのだ。
「なんで、突然こんな話したの?初めて喋ったときに言えばよかったのに」
「そんなこと考えたことも、今の今まですっかり忘れてたんだよ。ただ、雲に穴が開くのを見て、思い出した」
瀬尾が語る理由にぷっと吹き出してしまう。すごい思考回路だ。さっきまで美味しそうといっていた雲が、突然耳たぶにでも見えたのだろうか。
私は、不機嫌だった気分がすっかり良くなってしまった。
今日は、天気がよくて、温かくて、
「私も、ピアス開けようかな」
「おうおう、開けろ開けろ。俺たは同志だろ?」
「まぁ・・・不愉快だけどそうかもね」
こんな同志も見つかって。
明日にでも、お母さんに耳鼻科へ連れて行ってもらおう。
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