囚われと泣き虫

モクジ


「…っうぅ…ひっぅ……ぅくっ……」
 部屋の隅にうずくまり、膝に顔を埋めて泣き続ける少女を前に、どんな言葉をかければいいのか皆目見当がつかない小さな吸血鬼の少年は、ただただ大きなため息を吐くことしかできなかった。

――――――時は数日前に遡る。
 太陽の沈まないこの国で、唯一暗闇になる皆既日蝕が十数年ぶりに起こった。
 町はずれの森の中でその初めての体験を心待ちにしていた少女だが、完全なる闇に包まれた途端に恐怖が生まれ、それから逃れようと近づいてはならないと大人から重々言われていたはずの古城に飛び込んでしまった。
 絶対に開かないと言われていた城の戸が開いたことに驚くよりも、未知の体験から逃れることに必死で、少女は城に飛び込むとその闇を拒むように戸を閉めた。
 ところが、その城の中は外と同じ、闇だった。オレンジ色の薄ら光がありはしたが、基本は真っ暗で、窓ひとつない。付きまとう闇に少女の恐怖は高まるばかりだ。
 別のところへ逃げようと、城を出ようとするが、戸は開かない。押しても、引いても、蹴破ろうとしても、びくともしない。
「そんなっ…ど、どうして…!!!」
「誰なのだ…?その戸は絶対に開かないぞ」
 少女と、囚われの吸血鬼少年との邂逅である。

「というか、勝手に入ってきおったのはお前ではないか!!それなのに めそめそめそめそと。自業自得であろう!!」
 外見とは似つかわぬ尊大な言葉遣いで、吸血鬼の少年は大きな赤黒い ソファーから立ち上がり、怒りを顕わにして少女に言った。
「うぅっ…そんなのっそんなのわかってるもん!!」
 顔を上げて、少女は言った。その顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃである。
「でもっでもっ、涙が止まらないんだもん……!!!これからずっと家に帰れないっ!お母さんにもお父さんにも友達にも会えないなんてっ……いやだよ――!!」
 うわーんと更に大声を上げて少女は喚いた。
 吸血鬼の少年はあーうるさいと、両手で耳を塞ぐ。今まで静かだった城に一人女が入り込むだけでこんなにも煩わしいものなのか。少年は初めて人間と触れ合って、人間とはなんて厄介な存在なんだろうと思った。
「この城は太陽が浮かびここを照らし続ける限り開かないのだ。ここは囚われの城、吸血鬼をいつまでも閉じ込めるための牢獄――――。お前も知っていたのであろう?」
 この城に閉じ込められてから、どれくらいの時が過ぎたのだろうか。生まれて気づけばこの城にいて外に出ることは許されない。会話なんて、月に一度“能力”でこの城にやってくる吸血鬼としかしたことがなかった。
 そんな無の生活を送ってきて、初めての来客は人間。唯一扉が開かれる日のその数分の間に入ってきた少女は、ひたすらに泣き続けている。対応の仕方なんて彼に思いつくわけもなかった。
「知ってたけど、そんなのただの噂だとおもってたの!本当に閉じ込められるなんて…どうしてっ…ふぇっ…うぅっ…」
「ふん…もう知らぬ!勝手に泣き続けていればよいわ!!我には一切責任などないからな!!」
 吸血鬼の少年はぼろぼろと涙を零し続ける少女を置いて、部屋を出た。

 少女の涙を見ているとイライラしてくる。
 家族?友人?そんなもの最初から持ってなどいないのだから、少女の気持ちなんて分かるわけがない。閉じ込められる苦痛なんてとうの昔に消え去った。ただ何も考えずに漂う空気のように、ただの存在として生きていく。それでいいじゃないか。それで十分じゃないか。
幸せなんて、知らない。
 吸血鬼の少年は、自室のベッドに寝転び、高い天井を見上げた。
《おい、どうすんだ?お前。あの子、ほっとくつもりかよ》
 そのとき、頭の中に声が響く。それは月に一回、城に訪れる吸血鬼の声だ。
「しらんっ!もう勝手にすればいいのだ」
≪そんなこと言ったってお前、これからず―っとあの子と暮らさなきゃ ならないんだぞ?このままずーっと泣いてたらあの子、餓死するぜ?≫
 そういえば、少女はこの城に入ってきてからなにも食べていない。もちろん、この城に食物など存在していないし、吸血鬼の少年には食事という概念すらない。血液パックは山ほど保存されているのだが。それは食事ではなく栄養補給なのである。
 吸血鬼の少年は、少女の泣き顔を思い出し、仕方ない、と更に憂鬱そうにため息を吐くと、
「聞きたいことがあるのだ。人が―――――」

「おい!これを飲め」
 どんっとテーブルに置かれたのはホットコーヒーだった。もちろんインスタント。コーヒーとお湯の量がちぐはぐな上、適当に砂糖とミルクを入れたため、とてもじゃないが美味しそうには見えない。
「人間はこーひーというものを飲むとほっとすると聞いたのだ。我が特別に入れてやったのだから有難く飲むのだぞ!!」
 腕を組み、そっぽをむいてそう言う吸血鬼の少年の頬はうっすら赤くなっている。少女は涙を拭かぬまま、そのコーヒーを手に取り、一口飲んだ。数日ぶりに口に入れた飲み物は、あったかくて、とても甘い。
少女は服の袖で涙を拭うと、吸血鬼の少年の顔をまっすぐに見て、
「おいしい…」
 初めて、柔らかな笑顔を見せた。
                                            END
モクジ
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