刺激的炭酸デイズ
とあるサラリーマンの休日1
今、日本は週休二日制が主流になっている。もちろん、自分が働く会社もそうだ。
休みが日曜日だけだった頃は、土曜日仕事から帰れば倒れるように就寝。月曜日から土曜日までの疲労を落としきって目覚めてみれば、もう大事な休日は半分しか残っていない。出かける気にもなれず、そのままずるずると過ごして、気づけばまたいつもの一週間が始まっていた。
社会人になってからたった二年ぐらいのことだが、あの頃は休日の時間の使い方を知らずに過ごしていた。社会に出てから数年は慣れることに時間を使いすぎて、その他に費やす空き時間などなかった。
そして、週休二日制になった今。急にぽっかり空いてしまった日曜日をどう使っているかといえば。
9月26日 (日) 午前6時
学園青春ドラマの舞台になりそうな、一級河川の河原。折りたたみのイスを広げ、向かいにはイーゼルを立てる。そして真っ白なキャンバスを乗せ、準備は完了だ。イスに腰をかけ、手には2Hの鉛筆を持ち、目の前に広がる風景をキャンバスに描き写していく。
いまや休日の日課となっている、絵画。といっても、知識は高校の美術の授業止まりなので、そんなに大真面目なものではない。ただ、描きたいものを、描いている。
場所はいろいろだ。公園だったり、並木道だったり。最近はこの河原が多い。
朝から夕方まで、一日かけて変わっていく色や、ゆるやかに流れる水音、この場所は、時間がゆっくりと穏やかに流れる場所だった。
犬の散歩で川辺を歩く顔見知りのご近所さんに挨拶をしながらも、着々と絵を書き進めていく。真っ直ぐ伸びる川辺。歩いていく人々。それを真っ直ぐ見た風景を。
だが、突然それを止めるものが降ってきた。
どこからか、カキーンと景気のよい音が聞こえたと思えば、数秒後、白球がイーゼルに激突した。倒れたイーゼルからキャンバスが投げ出される。それをなんとかキャッチしようと、慌てて手を伸ばすが、それは見事に届かず、小石が転がる地面に落下してしまった。
だが幸いなことに、表面は地面には触れず、傷は付かなかった。ふぅと安堵の息をつき、イーゼルを立て直していると、後ろから声がかかる。
「すいませんっ、大丈夫っスか!?」
振り返れば、野球のユニフォームを着た高校生男児が居た。ユニフォームに書かれた学校名はこの近くにある公立高校だ。最近のユニフォームは学校名がローマ字で書かれているものが多いが、珍しくも、漢字で堂々と書かれている。それには、少し好感を持った。
「君のボールかい?」
イーゼルのそばに落ちていた白球を差し出すと、少年はすみませんっ、と再度謝ってそれを受け取った。休日の、こんな朝早くから練習していたのだろうか。真っ白なユニフォームはすでに土色に汚れていた。
そういえば、昔から疑問だったのだが、どうして野球のユニフォームはこんなにも白いのだろう。スライディングで汚れるのは当たり前なのだから、それが目立たないユニフォームにすればいいのに。まぁ、応援している側から言えば、汚れたユニフォームはそれだけ一生懸命に見えていいのだが。
そんなことを考えている自分をよそに、高校生野球少年は現状の理由を述べ始めた。
「あっちで一人で素振りしてたんスけど、つまらなくなって、そこらで遊んでた子供にボール投げてもらったんスよ。で、打ったら思ったより飛んじまって。一応硬球じゃないんで、そんな被害ないと思うんスけど、大丈夫でしたか?」
「大丈夫だよ。イーゼルに当たっただけだから。それにしても、随分朝早くから練習しているんだね」
「いや、夏場は5時ぐらいから朝練始まるし、それにくらべりゃ、遅いほうっスよ」
夏は5時には日が昇るが、随分とハードな部活だ。高校の野球部っていうのは、そんなものだろうか。自分が通っていた高校の野球部はこんなに練習熱心ではなかった気がするが。
「でも、今日は自主練っス。日曜日は部活ないんで」
「君は随分熱心なんだね」
関心してそう言うと、少年はもちろん、といった風に頷いた。
「おじさん、テレビ見てないんスか!?俺、この間の夏に一世を風靡した、野球少年なんスよ」
「あ・・・あぁ!もしかして、ハンカチ王子というやつかい?」
「いやぁ、違うっス。言うなれば、球場で転んだから、スリップ王子、みたいな」
「へー。そうなのか」
「いや・・・ツッコんで欲しかったんスけど・・・まぁいいや。俺のチームはこの間の予選大会で決勝負けしちゃったんスよ。来年こそは、甲子園行きたいんで、今から練習っス」
そう言った少年の顔は、希望に満ち溢れているように感じた。
高校生というのは、何かに打ち込む絶好の年齢だと思う。部活に入って、大会で記録を残すために一生懸命になる。青春というのは正にそれを指すのだろう。自分はそうした高校生活を送らなかったから、それがよく分からないが。
「そうなのか。じゃあ、自主練頑張って」
「ありがとうございます!ボール当てちゃってすいませんでした」
運動部らしく頭を下げて、少年は走り去った。背中のゼッケン番号は1。その後姿を眺めながらなんとなく自分の高校生活を思い出してみる。そう、今の自分を作り上げるために必死だった頃を。
回想 高校2年、秋
高校時代、していたことといえば、勉強だけだった。いい大学へと進学して、いい会社へと就職するために。未来のために、必死に勉強をしていた。
クラスメイトは、部活をしたりバイトをしたり、それぞれ有意義に高校生活を過ごしていたように見えた。それを羨ましく思ったりもした。けれど小、中と“熱中できること”を見つけてこなかった自分は高校からなにかやろうという気にもなれなかったし、何かをやりながら、父の望む成績をとり続ける自信もなかったのだ。
そんな生活に、不満もなかった。勉強ばかりだからといって友達が居なかったわけではない。
朝起きて、学校へ行って、休み時間には友達とくだらない話をして、放課後は図書館や塾やらに通い、帰宅して就寝。
そんな生活を、3年間続けていただけだ。
ただ、思い返してみれば、自分の高校生活には山も谷もなかった。
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