刺激的炭酸デイズ
とあるサラリーマンの休日2
9月26日 午前10時
時間はあっという間に過ぎていく。気づけば太陽は随分と上へ昇っていて、河原は明るく照らされていた。川の水が光を反射してキャンバスにゆらゆらと影を映していた。
鉛筆で描いた下書きはすでに大体の形をとらえている。もうちょっと細かいところを書き込んだら、さっそく色塗りだ。画材は、水彩絵の具。なぜかといえば、小、中、高と美術で使用したから。油絵なんて、どう使えばいいのか全く分からない。
用意してきた水を、筆洗へと流し込み、パレットの準備をはじめる。ここからは一発勝負。失敗は許されない作業だ。
そんな時。
「ああぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!!」
耳を劈かんばかりの大声。自分は驚きのあまり、手に持っていた筆を落としてしまう。あぁ、砂がついてしまった。洗いなおさなければ。絵の具をつける前でよかった・・・じゃなくて。
「どうしたんだ!?」
筆を筆洗に突っ込んで、慌てて声の方へと走った。河原から上がった真っ直ぐ伸びる道路。その端っこで、一人の少年が、両手、両膝をついてぐったりと頭を下げていた。その姿からは、絶望感が滲み出ている。人生が終わった、というような感じだ。
「あぁぁぁ・・・ぁぁ・・・」
呻く様な声。どうやって声をかければいいのか。恐る恐る近づいていくと、突然、足場にぐちゃっとした感触があった。視線をぐっと真下へもっていけば、そこにあるのはコンクリートという名の鉄板に焼かれてとろけだした、
「俺のっ、俺のアイスクリーム・・・落ちたあぁぁぁぁぁっ!!!」
そう、アイスクリームだ。とろとろに溶けきったアイスクリームが自分の靴にべっとりとくっ付いている。最悪な感触だった。
だが、顔をしかめている場合ではない。自分が踏んでしまったアイスクリームの残骸を見つめながら、更に悲惨な表情をしている少年をどうにかしなければ。
「君・・・大丈夫かい?」
手を差し伸べてそう声をかけると、手は取らず少年は視線を上げて、じっとこちらを見つめてきた。
そして一言。
「・・・・アイス買って?」
これを、子犬の瞳、というのだろうか。一昔前に流行った、テレビCMを思い出す。きらきらと期待に満ちた目をする犬にほだされる、オジサンのCMだ。
今、自分はあのオジサンの気持ちがよーく分かる。このきらきらうるうるした瞳で見つめられれば、断ることはできない。よほど凍った心の持ち主でもなければ。
「あぁ。いいよ」
こうして、ポケットに入っている財布から銀貨を二枚手渡しても、いいことをしたなぁという感慨しか受けないのは、この少年が、純粋そうに見えたからだろうか。
親戚のオジサンにでもなった気分で、少年がアイスを買いに走り去るのを見届けた。
それにしても。あの少年はいったい何歳ぐらいなのだろうか。小学生・・・には見えなかったが、中学生ぐらいが妥当か。
回想 中学2年生 秋
絵画に興味を持ったのは、この頃だった覚えがある。
美術の授業で風景画を描くという課題があり、自分は慣れないながらも鉛筆を握って、ありのままを真っ白なスケッチブックに描き写そうとしていた。でも思い通りにはいかなくて。目に見えている風景とは全てが異なって、平面に映し出される。きっちりと描き写しているはずなのに。
そんなこんなで悩んでいると、後ろから声をかけてきたクラスメイトが居た。
「そこは、もっと小さく描けばバランスがいいと思うよ」
あまり会話を交わしたことのない、クラスメイト。1年生のときは違うクラスだったはずだ。彼は自分のキャンバスを覗き込んで、あれこれと指導をしてくれる。
最初は、何様だろうとムッときたが、言われるとおりに描き直して見れば、不思議と絵はしっくりとしてきて。ちぐはぐだった絵が風景として平面へと浮かび上がってきたのだ。
それから数回の授業で色塗りまでをして、絵は完成した。教師に提出すれば、生まれて初めて勉強以外のことで賞賛を受けた。
「ありがとう、君のお蔭でいい点数がつけてもらえそうだよ」
授業の後、助言をしてくれた彼へと感謝の意を述べる。すると、彼はにっこりと笑みを浮かべて。
「俺は君の絵が好きだな」
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