刺激的炭酸デイズ

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とあるサラリーマンの休日3



 9月26日  午後1時


 太陽は真上を通過して、折り返し地点へと入った。それに比例して気温はぐんぐんと高くなっていく。もう10月とはいえ、今年の猛暑を引きずったままの日本は、秋に30度もの気温をたたき出していた。
 暑い。けれど、真夏にこうして絵を描いていたときよりは随分とマシになった。緩やかな風は吹く。更に横を流れる川の水音は、外からでなく内側から体を涼やかにしてくれていた。
 絵は、順調に描き進められている。今は下書きの上から水彩絵の具で色をつけていく作業だ。できる限り、自分の目に写るままの色を、景色を、キャンバスへと描いていく。昔はできなかった理想の再現が、最近はちょっとずつできるようになってきた。これは立派な進歩だろう。
 まだ、表現ができなかった中学生の頃の記憶。思い出してみれば、彼が今の自分のきっかけであることは間違いない。あの言葉がなければ、この休日の日課は生まれていなかったはずだ。あんなこと、自分はすっかり忘れていが、彼は覚えているだろうか。
 思い出に耽って、いつの間にか筆を動かす手を止めてしまっていた。さわさわと風が吹き抜けて、前髪を揺らす。視界はキャンバスに向いているのに、見えるのは過去の自分の姿。思い出が走馬灯のように目前を通り過ぎていく。
 だが、それは風に乗せられてやってきた白に遮られた。
 顔面にぶつかったのは、B5のプリント。手にとってみれば、『文化祭基本要項』との文字。どうやら、その名の通り文化祭の資料のようだが、いったいどこから飛んできたのだろうか。
 きょろきょろと周りを見渡してみれば、近くの高校の制服を着た少年が道路でプリントを集めているのが見えた。風で飛ばされてしまったのだろう。自分がここに居なければ、プリントは確実に水没していたはずだ。
 他の場所にも散らばったプリントを一枚一枚拾いながら、青年へと近づいた。必死にかき集めていた青年は、自分に気づくと体を起こしてこちらに向き合った。
「すみません、拾っていただいて」
 青年は礼儀正しく頭を下げた。
「いや、気にしないで。僕のほうに飛んできたのは大体拾ったが、これで全てかい?」
「ちょっと待ってください、今確認してみます」
 青年は、プリントを受け取ると内容を確認しながら並べ替えを始めた。それから少しして。
「全てありました。どうもありがとうございます。風で飛ばされてしまって、てっきり川に落ちてしまったかと思いましたが、あなたのおかげで助かりました」
 またふかぶかと頭を下げる高校生。今日はちょっと変わった少年たちにばかり会ったせいか、どうも不思議な感覚だ。最近の若者は・・・と悪評ではあるが、中にはこうして礼儀正しいきちっとした高校生だって居るのだ。マスコミの意見を鵜呑みにしてはいけないな。
「気にしなくていいよ。川に落ちなくてよかったね。それは大切なプリントなのかい?」
「はい。来月末にある文化祭のプリントで、明日までにチェックしなければならないんです。それで歩きながら読んでいたのですが、突然強い風が吹いて飛ばされてしまいました」
 口ぶりから、この青年は生徒会や実行委員の類だと伺える。今日は日曜日なのに制服姿。学生は学生なりにいろいろ忙しそうだ。
 自分は高校の時体育祭の実行委員になったが、大して仕事もせずに終わった覚えがある。平の委員は仕事が少ないが、その分幹部になると仕事が多く大変なのだろう。
 そしてそれは会社も同じように思う。自分はまだただの平社員。休日にまで費やす仕事は滅多に回ってはこない。だからこうして暇つぶしの絵を描いているのだから。
「日曜日なのに、大変なんだね」
 つい自分に立場をかぶせて、そんなことを言ってしまった。
「はい・・・まぁ。でも日曜に仕事なんて大きなイベントが近いときでもなければそうないので。それに丸一日拘束されているわけでもないので、息抜きもできますよ」
 だが哀れみを含んだ自分の言葉に対して、青年は穏やかにそう返した。
「じゃあ、僕はこれで失礼します。本当にありがとうございました」
 去っていく後姿は、高校生のそれに見えなかった。大人びている。大人びすぎている。
 まだ、無邪気にしていてもいい年齢なのに、全てを達観しているような、冷めたような部分が、彼からは見て取れた。自分が学生であるという立場をしっかりと分かった上で、大人と対応する能力を彼は持っていた。
 自分で言うのもどうかと思うが、彼は学生時代の自分に少し似ている気がする。
 自画自賛をしたいのではない。大人びていることは、いいことだ。けれど人は必要になれば自ずと大人びていくもの。青春真っ盛りである高校生で大人びることは、対外的には良いことであっても、本人にとっては、良いことではないのではと思う。
 冷めた目でしか見れなかった高校生活を、自分は後悔している。




回想  高校1年 秋


「美術部に入ろう!!」
 高校へと進学してから、おおよそ半年。同じ高校へと進学した彼から自分は毎日そんな誘いを受けていた。そんな言葉に対して、返答はいつまでも変わらず。
「嫌だ」
 高校進学など、第一歩。良い大学に進学し、よい会社へと就職するまで勉強をやめて遊びにうつつを抜かすことなどできない。
「どうして!君はあんなにいい絵を描けるのに。もったいなさ過ぎるよ」
 彼は、いつも自分の絵賞賛をしたが、彼自身は中学の頃から美術部に所属していて、賞を何度か取っていた。そんな人が、自分の未熟な絵を賞賛するのには理由があるはずだ、裏があるに違いないと、自分は疑いを持って彼に接していた。
 でも気づけば、彼が唯一いつまでもそばにいた友人だった。勉強ばかりの自分の横に、いつまでも居てくれた友人だった。
 大切なことに気づけなかった自分は、彼になにも返せぬまま卒業してしまったが。





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