繋がらない

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  1. どこかにいるパートナー  


 私の肩には青あざのような大きなシルシがある。それは生まれた瞬間から消えることのない、誰かとの繋がりのシルシ。同じ瞬間に、神様に特別な力を授かって生まれた片割れである誰かさんとの大切な証。

「というわけで、昨日の新情報は、誰かさんは犬嫌いってことでしたー!!」
 しかも全力疾走で逃げてしまうほどにね。とつけたし、私はにへへと笑った。私が手に持っているのは『誰かさんノート』。購買部に売っている普通のノートにそう名づけた。日々語られる誰かさんの話の中から新情報を書き連ねているのだ。『○月×日 犬に追いかけられて逃走』が今のところ一番最後に書いてあるメモ。
 それを読んだ親友、シスカはブリックパックのいちごミルクをずずっと吸い込み、 
「へー、そう。カッコ悪」
 相変わらず冷たいセリフを返してきた。
「えー、そんなことないよ!16歳で犬嫌いとか、貴重なキャラだよ、うん」
「コロナってば、パートナーにキャラクター性を求めてどうするのよ」 
目に見えない、誰だかも分からない人間の声を毎日毎日聞いている。そういているうちに、想像の中で一人の人間が出来ていった。私のパートナーである人物のキャラクターってやつが。
 すごい意地っ張り。いつだって虚勢を張って他人には無理を悟られないようにしている。でも実は怖いものとか嫌いなものがたくさんあって、それを他人に知られないように毎日必死。
 それが、私の、見たこともない、会ったこともない、パートナー。

 パートナーというのは、簡単に言ってしまえば、能力を共有する唯一無二の相手、だ。
 生まれたとき、肩口に“シルシ”が見つかった子供は、その時点で“異端児”とみなされる。肩口のシルシこそが異端児の証。異端児とは普通には持ち得ない能力を所持している人間のこと。魔法みたいな奇跡が使えるのだ。だがそれは異端児以外にも使用できる人間はいる。
 異端児のみが使用できる能力。それがパートナーとの共有だ。
 生まれたときから脳の一部にある一本の線。パートナーと自分とを繋ぐパスが存在するのが異端児だ。そのパスは15歳になると、繋がりとして完成し、パートナーと自分を随時繋ぐ。回路を開くことで、遠く離れていても会話や意思疎通ができたり、上級者になれば視界の交換だって可能になる。
 15歳になれば、おのずと回路が完成し、パートナーと対面できる。それが普通の異端児。
 けれど、私は17歳になっても、まだそのパートナーには出会えていない。

「そういえば、コロナ。次の授業ってなんだったけ?」
「5時間目は能力論だよ」
 昼ごはんを食べ終え、私とシスカは校庭から校舎に向かって歩いていた。
 この学校は“異端児”を強制的に招集し、能力を使いこなすための勉強をカリキュラムに含んだ学校だ。『セントルアール学院』が真名ではあるが、大体の人たちは『異端学院』と呼んでいる。
「げっ、能力論・・・てことはテイトのヤローね。行きたくないわ」
「口悪くなってる。シスカはテイト先生のこと本当に嫌ってるよね」
「アイツは鬼よ!悪魔よ!どれだけレポート書いても、納得するまで何度だって直しをさせられるし、しかも50ページ以上のレポートを一週間で、って言うのよ!無理に決まってるじゃない!」
 能力論のタイト先生に個人的恨みがあるシスカは、鬼の形相で地団駄を踏む。その行動はクールで綺麗な外見には不釣合いだが、これがシスカの本性だった。私以外の誰もに、クールなシスカさん、と思われているのは努力の結果だ。
 そう考えてみると、シスカって私のパートナーと似ているかもしれない。他人に自分の醜さや弱さを隠しているところが。
「いいなー、シスカ」
「どうして怒ってるのに、羨ましがられるのよ。もしかしてコロナってばテイトのこと・・・」
「そんなんじゃないよ」
 そう言ったとき、授業5分前を告げるチャイムが鳴った。
「やばっ、遅刻したら何を言われるか分からないわよ。急ごう、コロナ」
「うんっ」
 
「パスを繋ぎ、意識の共有から思考の共有、感覚の共有までを完璧にすることで、使用できる能力は格段に増える。だがまだパスが開いて2年のお前達には、できて思想の共有までだろう。どれだけの年月を積んでも、完璧な感覚共有ができるパートナーは数えるほどしかいない」
 今日の能力論は、パートナーについての話だった。
 担当教員であるテイト先生は、板書をしないから、私たち生徒は必死で先生の言葉をノートに書き留める。
 テイト先生はこの学院で一番若い教師だ。27歳。この学校を18歳で卒業した異端児は、異端児の能力を求める機関に就職するのが普通だが、先生は就職をせずに、そのまま学院に残り続けている。
 生徒の間で伝わる噂では、どうやら先生は私たちと同年のときに、パートナーを失ったらしい。交通事故とか病気とか、いろいろな噂があるが、どれが真実だかは不明だった。
 先生にそういった過去があるっていうのは、どこか納得させられた。外見は高校生にだって見える童顔の先生だけど、いつもピリピリ怖い顔をしていて、無理をしているように見えたから。
「オイ、そこのお前、ちゃんと聞いているのか!!」
 その声で私が先生の話を聞かずに先生のことを考えていたことに気がついた。我に返ってみると、先生をぼけっと眺めていた私はみんなに注目されていた。つまり、今怒られたのは、私だ。
「すみません」
 恥ずかしさのあまり声が裏返った。先生は眉間に皺を寄せ、不機嫌そうに集中しろ、と言うと、また授業を再開した。
「ちょっと、どうしたのよコロナ」
 隣に座っていたシスカが横からヒソヒソ声で聞いてくる。私はちょっとね、と同じように小さな声で返し、もう叱られまいと先生の声に意識を集中させた。

 授業が終わり、生徒達は次の授業のために移動を始める。次は選択授業。選択科目によって全然違う場所で講義があるため、友人同士でお喋りする間もなく、みんな講堂から出て行く。
「サイアクっ!!この次もアイツの授業受けなきゃいけないなんて」
 けれど、選択科目が理論であるシスカはこの講堂に残ってもう2時間テイト先生の授業だ。
「じゃあね、シスカ。終わったら教室で待ってる」
「分かったわ」
 私はシスカに手を振って、講堂を後にした。私の選択科目である呪術は、特別な科目のため別校舎まで移動しなければならない。
急ぎ足で歩いていくと、校舎と校舎を結ぶ渡り廊下で突然声をかけられた。
「コロナさん」
「あっ、委員長だ。こんにちは」
 声をかけてきたのは我らがクラスの委員長。教材を片手に彼もどこかへ向かう途中のようだった。確か委員長は理論を専攻していたから、きっと講堂へ向かうところなのだろう。
「委員長、どうしたの?」
「これ、エル先生に預かったプリント。渡すように言われたんです」
 委員長は持っていたファイルから一枚のプリントを取り出した。手渡され、私はプリントに目を通す。
コロナくんへ
今日の講義は私の体調不良のため、なし。
課題として、図書館にある呪術書第二巻を読み、要約してくること。
  エルドラース
「呪術書第二巻ってあの分厚いやつだ。最悪・・・」
 私はがっくりと肩を落とした。エル先生はまたもや体調不良だ。万年病気がちで、私は最近しょっちゅう課題ばかり。たまには実践だってしたいのに。
「コロナさんも大変ですね。一人しか先生がいない科目だと」
「先生ひとり、生徒ひとりだと利点もあるんだけど・・・やっぱり大変かも。こんな人気のない授業やめておけばよかったよ」
 私の言葉に委員長が一笑する。委員長の笑い方は、すごく優しい。心が優しいと外にもそれが現れるのだろうか。委員長が笑うと自分まで表情が緩んでしまう。
 委員長にありがとう、と告げて私は図書室へ向かうことにした。だが別れざまに委員長が手に包帯を巻いていることに気がついた。
「委員長、その手、どうしたの?」
「ちょっと、犬に噛まれたんですよ」
 委員長はそう言ってまたほんわかする笑みを浮かべて、講堂へと歩いていってしまった。
 私は、そこに突っ立ったまま委員長の後姿を見送り、
「犬・・・・・」
 昨日の晩の言葉を思い出していた。

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