繋がらない
2. シスカのパートナー
結局、課題は終わらなかった。委員長の言葉と、昨日の誰かさんの声が何度も何度も頭の中で再生されて、全く集中できなかったのだ。
仕方ないので呪術書第二巻を借り、家で要約をすることにする。教室に戻って鞄に教材や本を詰めこみ、帰り支度を整えると、授業が終わったシスカが入ってきた。
「あーもう、イヤ。アイツの身体には青どころか黒い血が流れてるのよ。そうに違いないわ!」
怒り心頭といった様子で席に着く。ばかすかと鞄に教材を詰め込んでいるが、一向にこちらに視線を向けない。私は恐る恐る「シスカさん?」と小さく声をかけた。するとやっとこちらに気づいたのかびっくりしたような顔で、
「あら、コロナ。居たの?」
「いたよ・・・」
がっくりと肩を落とす。
「ごめん、コロナ。ちょっと考え事してたのよ。この二時間嫌なこと続きで。委員長がいなきゃ今頃どうなってたか分からないわ」
「委員長がどうかしたの?」
突然委員長の話が出てきてびっくりする。私はこの2時間、委員長のことばかり考えていたから。考えていたといっても、色っぽい理由ではないのだけれど。
「うーん、話し出すと長くなるから、帰りながら話しましょう」
私はシスカの意見に同意して、校舎を後にした。
授業中、突然脳に電流が走った。パートナーがこちらに呼びかけている。シスカは慣れた感覚で、自分からも回路に電流を流す。一本の見えない線を通じて、彼へとたどり着いた。
《シスカ!助けてくれ!!》
繋いだ瞬間聞こえてきたのはパートナーであるディーの声だった。
《なによ、今授業中なんだけど》
パートナーとのテレパシー能力。どんな異端児だって一番最初から使える初歩的な能力だ。
シスカは授業を聞いているフリをしながら、ディーに応答する。声に出さずに喋る、というのは慣れないうちは余計なことまで相手に伝わってしまったりするのだが、2年も経てば当たり前のようにこなせるようになった。
《今、理論のテスト受けてんだけどさ!全くわかんねぇ!!俺、これ落第したら卒業させねぇて脅されてんだよ!》
《そんなの自業自得でしょ。あんたがどうなろうが知ったこっちゃないわよ。私は今テイトのヤロウの授業中なの。怒られてレポート増やされたらあんたのせいだから》
《んな冷たいこと言うなよ!俺らパートナーだろうが!!俺が卒業できなかったら、お前だって就職できないんだぞー!?いいのかよ?》
異端児の就職は“パートナーと二人で”が基本。片方だけでは能力を生かせないから、異端児である意味がなくなってしまう。
これからどこに就職し、どうやって生きていくかを細かく設計していたシスカに留年なんていう選択肢はありえなかった。
《仕方ないわね・・・。問題見せて》
《うっしゃー!ありがとな、シスカ》
半分脅しに近い説得であったが、ディーの素直な感謝に、ちょっぴり嬉しくなる。シスカは目を瞑り、送られてくる映像に集中した。
静電気ぐらいの電流であった回路に更なる電流が奔る。真っ暗な視界にチカチカと光が点滅し、思考に見たこともない問題が浮かび上がってきた。
基礎の理論問題。普通ならパスが繋がる15歳まえまでに理解していなければならない部分だ。
《ホントにバカなのね。パートナーとしても、幼馴染としても恥ずかしいこの上ないわ》
《・・・・シスカ、わざと繋いだまま喋ってるだろ》
《あら、聞こえてたの。気づかなかったわ》
もちろん、故意だった。シスカがこんな初歩的なミスをするはずがない。
《答え、順番に喋るから書き写しなさい。問題の映像はそっちで維持してよね》
《おう!》
「課題だ。こなさないと本日は欠席扱いにするからな」
どさっと置かれたプリントの束。通常の課題の倍の量はあるように見える。
テイトはあの無表情顔でそう言うと、カツンカツンと床を鳴らしながら講堂を出ていった。
姿が見えなくなると、シスカは怒りのあまり机を蹴り上げる。
「ふざけんな、クソ教師!!!」
パートナーとパスを繋ぐのは神経を使うし、映像のやりとりなんてさらに集中力を必要とする。それを維持しつづけ、問題を解くなんて骨の折れることだ。それをこなしている間は、外部に意識を置くことなんてできるわけがない。
喋っているはずなのに手も動かさず、じっとどこか別のことに意識を飛ばしている人間を見抜けないほど、テイトという教師はぬけてはいなかった。
シスカがパートナーと繋いでいることを、テイトはあっさりと見抜いていた。だがすぐには注意せず、授業終了後に呼び出し、膨大な課題を押し付けた。
シスカだって、授業に集中していなかった自分が悪いとは分かっている。怒られるのだって当たり前だ。けれど、わざわざ課題を出すことなんてないのではないか。
別にずっと授業を聞いていなかったわけではないのだ。ほんの10分程度、問題を解くのに必死になっていただけ。注意もせず、いきなり課題を押し付けて去っていくなんて酷すぎる。せめて理由ぐらい聞けばいいものを。
シスカは束になったプリントをぺらぺらとめくった。最悪だ。半分以上習った覚えのない用語。これを自分の意見を交えてまとめるなんて無理に決まっているではないか。
シスカは怒りを沈め、すとんとイスに座りなおした。怒りが覚めると今度は異様な怠惰感が襲ってくる。欠席扱いでもいいか、なんて悲観的な考えも。
「シスカさん」
そんな時、後ろから声をかけられた。シスカは心臓が飛び出るほど驚く。講堂に誰もいないと思っていたからあんな暴言を吐いたのだけれど。もしかして聞かれた?
シスカは取り繕った笑みを浮かべて、声がするほうへ振り向いた。するとそこには自分のクラスの委員長が温和な笑みをたたえて立っていた。
「委員長・・・?どうして講堂に残ってるの?」
「先生に用事があって講堂の入り口で待っていたんですよ。そうしたらシスカさんの声が聞こえたもので」
やっぱり聞かれていたか。シスカはがっくりと肩を落とす。コロナやディーなど近しい人物にしか見せていない内面を委員長に見られてしまった。
「課題、随分と多いですね。テイト先生も厳しすぎだ。・・・あ、これなら確かこの本にまとめが載ってますよ」
委員長は、課題をぱらぱらと捲っていき、ある文字を見つけると、思い立ったように持っていた本をシスカに渡してきた。真っ黒な装丁の分厚い本。背表紙には図書館のシールが張られている。
「借りてもいいの?」
「はい。どうぞ有効活用してください。もう僕は読んだので。返却が来週なのでそれまでに返してくれれば」
「課題、明日までだから。ありがとう、委員長」
シスカは素直にお礼を言った。委員長なら、べらべら誰かに言いふらしたり、からかったりしてこない。そう確信した。
シスカの言葉に、委員長はにっこりと微笑んで、講堂から去っていった。
「と、いうわけ。私はこれから委員長に借りた本と課題とにらめっこしなきゃならないのよ」
シスカははぁと大きなため息をついた。外見が美人だから、アンニュイな雰囲気を醸し出してため息すらも綺麗なものに見える。美人ってすごく得な生き物だ。
学校から駅までの間、シスカの愚痴を聞き、私が乗る電車がくると手を振って分かれた。
電車は満席だったため、窓際に寄りかかって窓の外を眺める。景色が素早く流れていくのは面白くもなんともなく、ただぼけっとしていた。
シスカの話を聞いていて、私はちょっと嫌な感情を抱いた。嫉妬ってやつだ。もちろん委員長についてなんかじゃない。ディーくんのことで。・・・いや、シスカのパートナーのことで。
シスカとディーくんは幼馴染だ。生まれた日が一緒で、病室が隣同士だったのがきっかけで親同士が仲良くなり、必然的に二人も幼い頃からしょっちゅう顔を合わせていたようだ。
しかも二人の肩口にはシルシがあった。それはもう二人がパートナーだと証明しているようなもので。
昔、シスカが言っていた。
『私、物心ついたときから、ディーがパートナーだと思ってたのよ。なんか普通と違うの。隣にいるとまだ発達してないはずの回路が疼いて、伝えてくるの。この人の近くにいなさい、って。それが年月を経てどんどん強くなっていって、結局私とディーの15の誕生日に繋がったわ』
私は未だそんな感覚を味わったことがない。回路は確かにあって、毎晩一方的には繋がる。けれど自分からは回路を辿れないし、見つからない。ゴールがない道をひたすら進んでいるだけ。
私は、羨ましかった。小さい頃からパートナーがいるシスカが。今、隣にパートナーがいるシスカが。
私のパートナーは、いつ見つかるんだろう。
――――――委員長が、あの声の人物ではないのだろうか。
ただ、犬という繋がりだけで、委員長がパートナーだ、と思ってしまったのは、私がパートナーを渇望しすぎているからだ。それが分かっていたのに、私はその希望に縋ることしか、考えられなかった。
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