繋がらない
3.委員長とパートナー
《誰だって自分を隠している。全て隠して本性を見せないヤツだっているし、ほんの少し、醜い部分だけを隠しているヤツだっている。俺だって、そうだ。》
誰かさんの声と共に負の感情が伝わってくる。
《全てを伝えることがいいことだとは思わない。でも全てを隠すのも良いわけではない》
自分に言い聞かせるように、誰かさんは語る。
《なぁ、そこにいるかもしれない誰か。
俺はパートナーになら、全てを伝えても、いいと思っている》
その言葉には、決意と、私と同じ、パートナーを求める心が詰まっていた気がした。
翌日。なんとか仕上げたレポートをエル先生の机に置きに行ったが、今日も休みのようだった。休むなら昨日夜な夜なやる必要がなかったのに。ちょっと損した気分になる。
朝礼まであと30分はあるから、また図書館に行って暇つぶしでもしようかと思い、私は職員室を出て、図書館へ歩いていった。
朝の図書館はガランとしている。司書教員である老人と、数人の生徒。窓ガラスから差す光は眩しく、机を照らしている。私はわざと日陰になる席に荷物を置き、本を物色しに行く。
ところ狭しと置かれている本棚にびっしりと詰め込まれた分厚い本たち。私はいつものコーナーで目ぼしい本を探し始めた。
墓場のお茶会、階段下の血溜り・・・この辺は既に了読済み。本格ホラー系は読んでしまったから、今度はもうちょっとスプラッタな方に手を出してみようか。
「コロナさん、なにを読んでいるんですか?」
一冊手にとってペラペラめくっていると横から声をかけられた。
「委員長!おはよう」
そこに居たのは委員長。私は持っていた本を委員長の目の前に突き出した。
「えへへ。これは私のお気に入りの作家さんが書いている本でね、『切断式』って言って、殺人鬼さんが部屋に人をたくさん連れ込んで、毎日一部ずつハサミで切り落としていくっていう話なの。映画は微妙だったけど、原書は評判なんだよ!」
本の裏に書いてあるような簡単な説明をすると委員長はなぜかいつもの笑みではない、微妙な微笑みを作っていた。もしかして、全然興味なかったのかもしれない。それでも相手のために微笑んでくれるとは、委員長はなんて優しいんだろう。
こうして対面していると、昨日から委員長をパートナーでは、と疑っているのが不思議になってくる。だって、私の想像のどこかの誰かさんとは全然違うから。委員長みたいな温和な人ではない、と私は思っている。
けれど。昨日の誰かさんの言葉を思い出す。“醜い部分を隠している”。確かに誰かさんはそう言っていた。
考え過ぎだとは分かっている。でも委員長が猫を被っている、なんて脈絡のない考えが浮かんできてしまうのだ。目の前にいるいつも穏やかな委員長を疑うなんてしたくないけれど。
それでも、委員長だったらいいのに、と思ってしまう自分がいる。
「おーい、コロナさん?」
「あっ、ごめん。委員長。ちょっとぼけっとしてた」
私は左右に首を動かして、余計な考えを振り払った。なんて失礼なことを考えていたんだろう、私は。
「もうすぐ、時間ですね。教室に戻りましょうか」
「うん、そうだね。ホームルームが始まっちゃう」
私たちは、本を元の場所に戻すと鞄を肩にかけて、教室への道のりを辿る。そのとき、私たちはひたすら無言だった。言葉が出てこず、気まずい雰囲気が流れているのが分かる。
こんな時、どんな話題を出せばいいんだっけ。先生の話?授業の話?友達の話?どれだって、きっと委員長は優しく返答してくれるだろう。でも、私が。私が聞きたいのは―――。
「私、委員長に聞きたいことがあるの」
「何ですか?」
「今じゃ時間がないから、今日の放課後、ちょっと時間くれるかな?」
このとき、私はいったいどんな表情をしていたのだろう。心の底の醜さがどろどろ溢れてくる感覚がして、でも平然としなきゃと思って取り繕ってみたけれど。委員長には、どう見えたのだろうか。
「いいですよ。じゃあ、放課後教室で」
気づいているのか気づいていないのか。委員長は、ただにっこりと笑った。
一日の授業が終わり、生徒達は全て帰路につく。あっという間に校舎からひと気はなくなり、閑散としている。差し込む夕日がさらにその静けさを増長させた。
「コロナさん」
私が教室へ入ると、委員長が席についていた。ぱっと顔を上げて、こちらへ振り返る。
「待っててくれてありがとう」
「いいえ。気にしないでください」
委員長の席の後ろの後ろにある自分の席に持っていた教材を置く。足音やノートと机が触れ合う音までも妙に大きく響き、この教室の静かさを強調していた。
「それで、お話ってなんですか?」
くるりと真後ろに振り向いたまま、委員長が尋ねる。私はごくりと唾液を飲んだ。そして大きく息を吸い込み、吐き出すと共に、声帯をふるわせる。
「委員長のパートナーって誰?」
吐き出した瞬間、体内時計が遅延した。一秒がとても長い。頭ではたった一秒でも感覚が10秒や20秒で、全てがスローモーションで見えるぐらい。
だから逆に、委員長の僅かな表情の変化がはっきりと見て取れた。
委員長はいつもの微笑みを向ける前にちょっと悲しそうな顔をしたのだ。
あぁ、と。私は思った。この人は違う。委員長は、やっぱり私のパートナーじゃない。委員長にはもっと大切な別のパートナーが存在しているのだ、と。
「僕のパートナーは、もう、居ないんですよ」
委員長はいつものように笑む。それは悲しみを隠すための笑みだったのだと、このとき私はやっと気づいた。自分の鈍感さに、涙が出てくる。委員長はやっぱり裏の顔を持っていた。でもそれは誰かさんの言うように醜いものを隠しているわけではなかったのだ。
僕は15歳の誕生日、彼女に出会った。大通り、すれ違った瞬間気づいたのだ。彼女が僕のパートナーだと。
それは、彼女も同じであったようだった。広々とした道。たくさんの人がごった返す中で、彼女も僕と同じように振り返った。視線が絡み、そこから彼女が僕に気づいたことが分かった。
だが、彼女は友人と歩いていたのか、誰かに呼ばれすぐに去っていった。僕は呼び止めることもできず、人々が流れる道でぽつんと立ち尽くしていた。
誕生日、普通なら能力が開花する。パートナーである彼女と僕は回線が繋げるはずだった。けれどその後、家でいくら回線を繋ごうとしても繋げない。まだ自分の能力が開花していないのか、とすごく落ち込んだ。自分が落ちこぼれなんだと初めて思ってしまうほどに。
だがそんなのは杞憂だった。翌日の早朝回線は繋がった。
《昨日、あの通りですれ違った人でしょう!!》
彼女はすごく興奮して言っていた。実際に声は漏れていたのだろう。馴れないうちは、思考を伝えることができず実際に声などを伝えてしまうこともある。
《どうして、昨日は繋がらなかったのに》
だから僕は落ち着いて、今まで勉強してきたことを発揮するように、声を伝えた。初めての言葉はそんな疑問だった。
《私の誕生日は今日なの!生み落ちるまでに時間が掛かったんだって。だからズレが生じていたんだよ、きっと!!》
誕生日が同じ日の子供同士がパートナーである。それは決定事項だが、たまにそうしたズレが生じることがある。それだって授業で習っていたことなのに、全く想像もしなかった。
《とりあえず、会おうよ!昨日のあの通りで!》
そんな彼女の提案を呑んで、僕は出かけた。歩いている時間は舞い上がっていて全く記憶がない。パートナーを見つけ、出会うこと。それが自分達“異端児”の一番の喜びだ、と。そう言っていた教員の言葉が何度も何度も思い返されていたと思う。
だが、そんな喜悦はすぐに悲哀へと変移した。
鳴り響くサイレン。半壊したトラック。ざわめく人々。それで嫌な予感がした。身体が変に音に反応するし、回路がぴりぴりと傷む。僕は人ごみにねじ入り、その光景を目の当たりにした。
道の真ん中で、血を流して倒れている彼女は、僕のパートナーだった。
昨日、ここで出会い。さっき、ここで会う約束をした相手。はっきりと対面できた彼女はもう虫の息であった。
《ごめん・・・》
タンカーに乗せられ、救急車で去っていく彼女の姿を呆然と見ていると、そんな声が聞こえてきた。それは幻想だったのか。
彼女は、病院に着く前に息を引き取った。
「彼女は、待ち合わせの場所で、歩道に突っ込んできたトラックに跳ね飛ばされたそうです。その後、病院で彼女の母親から話を聞きました」
委員長が淡々と語る。まるで本の中の物語のようだけれどそれが委員長の真実だったのだ。
「ごめんなさい」
思わず、私は謝った。自分の不謹慎な質問で、委員長は自分のつらい思い出を吐露したのだ。本当なら思い出したくもない過去のはずなのに。
「謝らないでください」
けれど、委員長はいつも通りにこやかで。その秘めた悲しみを表面には見せない。私はどうしてそんなに無理をしているのか、と問おうと思い、やめた。
本当に委員長のことを思うなら、いつも通りにしたほうがいいのだ。
「長々とお話してすみません。じゃあ、帰りましょうか」
委員長は、立ち上がった。もう夕日は落ちかけ、赤々とした空の上にはぼんやりと星が浮かび、夜の始まりを告げている。
「私、まだちょっと残ってやることがあるの!私こそ変なこと聞いちゃってごめんなさい。じゃあ、また明日ね!」
鞄を引っつかんで、教室を出る。委員長からは逃げ出すように見えただろう。でも実際にそうだから仕方がない。私は、委員長から逃げ出した。
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