繋がらない
4.私のパートナー
はっと目を覚ましたら、窓から差し込む光は完全になくなっていた。私は慌てて時刻を確認する。8時半。とっくに学校が閉まっている時間だった。
あの後、がむしゃらに走ってたどり着いたのは校舎の西端にある図書室だった。その時間でもすでに司書の先生は帰宅していたから、鍵が掛かって中には入れなかった。私はドアに寄りかかって座り込み、息を整えていた。そんなことをしているうちにいつの間にか寝てしまったのだろう。
私は、はぁと大きな溜め息をついた。急いで帰らなければ。家の人が心配しているだろう。気だるさを押し殺して、立ち上がる。スカートが見事に皺をつくっていたが気にしない。
出口に向かって廊下をとぼとぼと歩いていると、さっきの委員長の言葉が思い出された。
委員長はパートナーではなかった。それどころか委員長のパートナーはもうこの世に存在していなかったのだ。
私はなんてことをしてしまったんだろう。自分のために委員長の傷を抉ったのだ。
けれどそんな罪悪感と共に、またパートナーが見つからなかった、という落胆の念も拭いきれなくて、本当に自分が嫌になる。
自分という人間はどこまで醜いんだろう。
異端児は10歳までは普通の子供と同じように生きる。私も異端学院に入学するまでは、普通の学校に通っていた。けれど、異端児である私は、その輪の中に入り込むことができなかった。普通ではないと恐れられ、嫌われ、遠のけられた。その学校に私以外の異端児は一人もいなくて、私は孤独な日々を送っていた。
そんな時、私は思ったのだ。はやくパートナーが欲しいと。私を孤独にしない、私だけのパートナーが。
待って、待って待ち続けて。異端学院に入ってシスカと友達になってからだって、パートナーとの出会いが待ち遠しくて仕方がなかった。
そしてやってきた15歳。完成したはずの回路から聞こえてきたパートナーの声に私は返事をすることができなかった。近くにいることが分かっているのに、いつまでたっても出会うことができないのだ。
そんなやるせない気持ちを二年間も背負ってきた。やっと目の前に辿り着いたと思ったのに。
色々考えながら歩いているといつの間にか到着地点だった。
校舎出口に辿り着き、扉を確認してみると、まだ鍵は掛けられていなかった。校舎の中にまだ誰かがいるのだろう。扉に手をかけ、外に出た瞬間。
地面を叩く轟音が響き渡った。
「えっ」
あまりの轟音に、私は唖然として音源へ振り返る。
そこには、今まで本の中でしか出会ったことのない、巨大な獣が跋扈していた。
獣は、三階建ての校舎よりも少し背が高かった。月明かりに照らされて赤と灰色の硬質な鱗が光る。頭部には真っ黒な瞳がギラついていて、巨大な口からは鋭利な歯が飛び出ていた。
獣は雄叫びを上げて、地面に足を叩きつける。敷き詰められた煉瓦が抉れた。
「ひっ」
獣の咆哮に、思わず悲鳴が漏れた。あまりの恐怖に、身体が固まる。
いったいなぜこんな場所に猛獣がいるのか。疑問符しか浮かばない。
あれは、見た目からして召喚獣だ。私たち異端児や能力を持った人間が使用できる奇跡のひとつ召喚で呼ばれた獣。けれど召喚獣は召喚者に服従するのが普通。こんな風に、暴れるわけがないのに。
私は、猛獣を見上げる。猛獣は私には気付いておらず、とにかく足元あたりに腕を叩きつけ続けていた。あのあたりに誰かがいるのかもしれない。猛獣の動きは、どう見ても何かを狙ってのものだった。
誰か居るのならば、助けなきゃならない。けれど自分になにができる?がむしゃらに向かったって、逆に状況を悪化させるだけだ。
とりあえず、私はあの猛獣の対処ができる人に話を伝えに行かなければ。もうこの騒ぎで警察が向かっているかもしれないが、それでもいい。とにかくいち早く誰かに伝えよう。
そう思い、走りだした。けれど私は恐怖に固まる身体を制御できなかった。全力疾走していると、途中で足が縺れて思い切り転んでしまう。ずずっと膝と手のひらが地面を擦った。
擦りむいた膝から血が流れたのが分かる。じんじんと蝕む痛みを振り払って、私は立ち上がり、その傷を確かめようと傷に手のひらを当てた。
刹那、まだ11時ではないのに、身体のどこかにある回路に電流が迸った。
《なんて最悪な日なんだ!!》
声が響く。誰かさんの、私の、パートナーの声。いつもよりもちょっと焦ったような声が。
恐怖に押しつぶされていた私は、ただ声を聞いただけなのに、温かな気持ちを心に宿した。
今、私は一人でここに居て、一人で猛獣と対峙している。けれど声が聞こえるだけで、誰かさんがすぐ隣に居る気分になる。私を元気付けてくれているように感じる。
(ありがとう、誰かさん)
そう、心の中で呟いた。もちろん、返事はいつも通りないだろう。そう思ったのに。
《誰だ?・・・もしかして、繋がっているのか》
返事が、返ってきた。明らかに私の声を聞いての返事だ。
ただでさえ上昇していた心拍が更に速度を増す。ほっと一息ついたはずの感情が、また荒れはじめる。
(聞こえ、るんですか)
私はよく分からないまま、問い返した。
《ああ。聞こえる》
心臓が、一瞬止まった気がした。脳を占めていた猛獣のことが、ぱっと霧散する。血液が沸騰したように熱くなって、頭がくらくらする。喜悦、驚愕、衝撃、悲哀、苦悩、寂寥。いろんな感情が混ざり合い、そしてやっとひとつの結論を導き出した。
パートナーと、完全に、繋がった。
《くどいぞ!繋がってると言っているだろ》
考えていたことが伝わってしまったのか、またパートナーから声が聞こえた。
《どうしてこんなときに繋がるんだ。俺は、ずーっと待ってたんだ。よりにもよって、こんな怪物を前にして・・・感動もできない》
(怪物って・・・)
もしかして。そう尋ねようとした瞬間、ゆるく流れていた電流の威力が強まり、突如、脳内に映像が流れた。
画面はゆらゆらと揺れ動く。夜の校舎をバックに、目の前には赤と灰色の鱗の巨体が映像を見ている人物目掛けて拳を叩きつけてきた。その瞬間、視界は一気に移動する。
途端、はっと映像が打ち消えた。
今のは、パートナーの能力で視界を共有するものだろう。繋がったばかりなのに、もうこんなことができるなんて。
そんな感動と共に、私は気づいた。
(あのっ、もしかして今、学校に居ません?しかも、巨大召喚獣の足元に)
《あぁ、まさにいま戦闘中だ》
すぐそこに、パートナーが居る。そう考えると、獣に対する恐怖なんか吹き飛んだ。やっと、出会える。ずーっと、ずーっと待ち望んでいた、パートナーに。
《オイ、いま見えたが・・・お前もここに居るのか》
(はい。きっとあなたの反対側に)
私と同じように、あちら側にも映像の共有が働いてしまったらしい。能力の制御ができず好き勝手に作用してしまっているようだ。
《じゃあ、丁度いい!お前もあいつの返還を手伝え!》
そんなことを言われて、私は度肝をぬかれた。返還させる?あんなのを?そんなの、一介の異端生徒ができることではない。しかも、さっきやっと繋がったばかりの落ち零れ同士が。
(そんなの絶対に無理!!!)
首を大きく左右に振りながら、反論した。大体、召喚の仕方もまだ習っていないので、返還の仕方なんて分かるわけがないじゃないか!
《じゃあ、お前にできることを考えろ!お前、なにを専攻してたんだよ》
専攻、というのは選択科目のことだろうか。私の選択教科は“呪術”。人気がなさ過ぎて、生徒はいまのところたった一人。まぁ人を呪うような奇跡を喜んで使うひとがいないのは仕方がないことだとは思うけど。
学校の生徒だとしても、呪術科のことを知らない人だっている。きっと使えない、と呆れられるだろう。そう思いはしたが、一応伝えた。
(呪術・・・だけど)
《丁度いい!》
だが、予想外にも呪術に納得し、呆れるどころか彼はいい、なんて言い出した。どこが!と叫びたいのを必死に堪える。
最近は先生が休みがちだからあまり新しいことは学習していない。最近使えるようになったのは磔の呪術だろうか。といっても、まだ人に対しては試したことがなく、ヒキガエルの動きを10分間停止させたぐらいだ。
そんなことを、いったいどう使えというのだろう、誰かさんは。
《お前、呪術やってるなら足止めできるような呪術ぐらいは使えるだろう?俺はあいつの隙さえ見つければ、返還することができる。俺の言うタイミングで、あいつを足止めしてくれ!》
(足止めって、磔の呪術はやっとヒキガエルが足止めできるぐらいなのに、あんな巨体にかけられるわけない!)
《できねぇとか言ってる場合じゃねーんだよ!!あれは、召喚獣だ。しかもうちの学院の生徒が生み出した失敗品。パートナー同士の想像の不一致で力が暴走してるんだ。俺らが意地でも止めなきゃ、この学院の責任が問われる》
実際に鼓膜を震わせて聞いているわけではないのに、声がキーンと脳に響いた。誰かさん、いつもより言葉遣いが悪い。温和さなんて、欠片もない。こんな人が委員長のわけなかったのだ。
(だからって・・・)
《否定すんな!いいか、俺がお前に力を貸す。繋がってれば、力の共有だってできるんだ。呪術の発動はできないが、手助けぐらいならできる》
力強い言葉。犬に追いかけられて怯えるような人とは思えないほどその言葉には重みがあった。
できない。できるわけがない。そうに決まっている。けれど。
(分かった)
誰かさんの心意気に負けて、私は頷いた。とりあえず、やれるだけのことはやろう。出来なかったらその後別のことを考えよう。そう、自分に言い聞かせて。
《よし。じゃあお前はあいつの背中のほうに移動してくれ。間違っても見つからないところに》
(うん!!)
走り出す。あの猛獣と戦うというのに、先ほどのような震えはない。
それはやっぱり、パートナーのおかげだった。
猛獣の真後ろにたどり着いた。学院の校門前。大きな銅像が置かれた開けた道だ。私は銅像の後ろに隠れ、こそっと猛獣を見遣る。
猛獣に隠れているけれど、あの向こうに誰かさんがいる。ちらちらと月影は見えるが、夜なので顔は確認できなかった。
(着いたよ)
私は、誰かさんに声をかける。まだ繋がってちょっとしか経っていないのに、声のやり取りは既に馴れてしまった。
《よし、じゃあ俺が合図をしたら術を発動させろ。巨体に対して術をかける場合は、部分部分にポイントを絞るんだ。あいつは頭部と腕、足の5つがいいだろう》
(ポイントって、どうしたら絞れるの?)
《想像だ。俺とお前で、自分の持ってる力をその部分にぶつける想像をする。お前の場所から、あの巨体を視界に収めることはできるか?》
この場所から見ると、巨体の頭は少し見上げないと見れない。でも見上げてしまうと、足が見えない。
《じゃあ、ちょっと下がって全身が見える場所から発動してくれ》
私は、言われるがままにじりじりと下がった。ちょうど校門のあたり、そこでやっと視界ぴったりに収まる。
(移動したよ。誰かさんは、大丈夫?)
今、この瞬間も誰かさんはあの獣と戦い続けている。私なんかより、ずっとリスクは高いはずだ。なのに、こうして私の手助けまでしてくれている。同じ学生なのに、すごい能力だ。なにもできない自分とは大違い。
けれど、そうした人が傍に居てくれるのは、心強い。誰かさんがいるなら、出来るかも。そんな希望までが生まれてくる。
《大丈夫だ。・・・それより、誰かさんって言うのはやめろ。俺の名前は―――――っくそ!!》
誰かさんが痛みに呻く。見えないけれど、誰かさんが腕に攻撃を受けたことが分かった。この痛みの伝わりも、繋がっているからなのだろうか。ぴりぴりと左腕に痺れる。
《すまない。無駄話をしている暇はなかった。集中しろ、すぐに片をつけるぞ!!》
巨体を見据える。呼吸を整えて、意識を猛獣の頭部と、手足に集中させる。
回線から、力が流れてくるのが分かった。同じ波長の心地よい力が。できる。誰かさんの力が私に勇気を、希望をくれる。私は、あの敵を磔にすることができる!!
巨体は、また地面を叩きつけた。誰かさんに当たらなかったのか、身体を起こそうとする。その時、
《今だ!!!》
誰かさんの合図。私はいつもの過程のまま、意識を術を使うことだけに集中させる。
想像、確定。ポイント、確定。力、放出可能。
「いっけーっ!!!!!」
両手を猛獣へと突き出し、溜め込んだ私と、誰かさんの力を光の輪に変えて放出する。ぐるぐると回りながら光の輪は、5つに分裂し、それぞれ狙った場所へと届いた。
ごう、と獣が吼える。光の輪を弾き返そうと、身体を強引に揺らす。
けれど、光の輪は見事に各部位を捕らえていった。右足、左足、右手、左手、そして頭。
獣は、主要部位を捕らえられ、動けなくなる。だが光の輪は私の力が持続しなければあっけなく切れる。これだ膨大な力を使っているから、あと数分で尽きてしまうだろう。
(誰かさん!!!)
《よくやった、あとは任せろ!》
すっと、誰かさんから受け取っていた力の補給が途切れた。私だけの力では、あと一分持つかどうか。
でも、そんな私の心配は杞憂で終わった。
ぱぁっと巨大な光が夜の校舎を映し出す。校舎に、誰かさんの影がくっきりと映し出された。
誰かさんは、飛び上がる。手に持っているらしい細長い棒が獣へと向いた。
ぱんっ、と火薬が発火する音。それと共に、更なる光が猛獣を襲う。あまりに眩しすぎる発光。私は思わず目を閉じてしまって。慌ててまぶたを開くと、
「・・・・・・消えた」
残っているのは、獣が暴れた大きな爪跡。抉れた地面、巻き上がる砂埃。
そして、長い棒状の銃器を持った人影が、真正面に立ち尽していた。
「・・・誰かさん」
駆け寄ろうとして、ふっと体中の力が消えた。そうだ、力を限界まで使ってしまったんだ。
視界が真っ暗になる。前のめりになって、
「おい!!大丈夫か!!」
そんな声が耳に残る。だがその言葉を吟味する前に、私の意識は完全になくなった。
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